最終更新日 2006/02/19
フィリピン<その3>
フィリピンぶらぶら3<スービック/オロンガポ/メトロ・マニラ>
島の向こうはもう南シナ海 BBQパーティ フィリピンのルソン島には日本人退職者の居住地がたくさんあり、スービックもそのひとつ。1992年にフィリピンに返還されるまでスービックには海外最大規模のアメリカ海軍基地がおかれていた。アメリカ軍人とその家族が住んでいた住居を改築した家に5月25日から9月4日まで滞在した。スービック湾をクルージングするとほんのちょっと先はもう南シナ海だ。元々治外法権の米軍基地跡は今は経済特区。フィリピン国内とは思えないほど、治安がよい。輸入品の並んだ高級スーパーではなんでもそろうし、ブランド物のアウトレットまで売っている。足となる車がないとたちまち困るあたりもまるでアメリカ。マドリッドにおけるシウダル・カンポのごとく、その中はまったくの別世界なのだ。貧富の差が激しい国には、こんなところが必ずある。
そんなスービックの隣人は先住民アイタ族。特殊部隊にジャングルでのサバイバル法をおしえていたアイタ族が、観光客向けにジャングルツアーを行っている。ジャングル環境サバイバル・トレーニング・キャンプといういかつい名称。半日ツアーはP250、1泊2日はP500。試しに1泊2日に参加してみた。森で切り出してきた竹でつくった飯盒でごはんを炊いたり、竹でつくったビニールの屋根つき即席ベッドで寝たりとなかなか野趣。川沿いのキャンプ地に至るまでは、森の中をトレッキング。その間も薬として役に立つ植物などを道々説明してくれる。アイタ族は小柄で色黒、髪がちりちりしていて一目で一般的なフィリピン人と違うことがわかる。キャンプ地には電気も水道もなく、小屋もテントもない。歩き出してものの10分で毒蛇に遭遇。そんなジャングルの中を剥き出しの竹のベッドに寝かされたら、たいていの先進国の人はまいるだろう。ルバン島に30年潜んでいた小野田さんはすごい。
アイタ族の子供たち 野営地 即席竹ベッド 竹の節がそのまま飯盒
ウロ・ナン・アポ像
オロンガポの市場 そのスービックの隣にあるのがオロンガポ。1991年ピナツボ火山が噴火して、翌年米軍基地が返還されるとたちまち打撃を受けた基地の町。かつてはアメリカ人相手の大歓楽街だったらしい。8000人以上売春婦がいたというからすさまじい。アメリカ人とフィリピン人との間に生まれたアメラシアンがオロンガポには多いらしいが、元々フィリピンはスペイン人との混血が進んでいるし、先住民は色が黒いので、誰がアメラシアンなんだかスペイン系なんだかよくわからない。スービックよりも断然生活臭く、庶民的だ。スービック滞在中、生鮮食料品はさすがに近くのスーパーではなく、市場まで買出しに来た。タガロク語で市場は、メキシコのパレンケ遺跡と同じでパレンケ。数字はスペイン語でもだいたい通じるため、わざわざタガログ語を覚える必要がなくて助かった。数字以外にもタガログ語にはスペイン語が多く残っているので、なんとなくなにを言っているのかわかることもある。
ハロハロ バナナキュー (左)タホ(右)竜眼 朝食に出てきたソーセージが甘かったのにはまいったものの、フィリピン料理は脅されていたほどまずくはない。しかし、他の東南アジアの国に比べたらやはり数段落ちる。少しのおかずでたくさんごはんが食べられるようにか、味つけが濃い豚や鶏の煮こみ料理がやたらと多い。あまり肉が好きではないので、気に入ったのはシニガンという野菜がいっぱい入ったすっぱいスープ。朝夕、天秤かついで売りに来るタホは柔らかめの豆腐で、タピオカと黒蜜をかけてストローですする。朝一番はできたてなのでまだ熱い。バナナに水あめをからめたバナナキューはまるで大学芋。フィリピンのカキ氷ハロハロは、タピオカにゼリーにナタデココにプリン、そして紫芋(ウベ)のアイスクリームやらそのほかいろいろのっかっている。フィリピンの中国系ファーストフード超群(チャオキン)で一番小さいサイズをいつも頼むが、それでもこめかみが痛くなるほどの量が来る。周りのフィリピン人はどんぶりにてんこ盛りのハロハロをデザートに食べている。東南アジアでは料理に魚醤を使う国が多いが、フィリピンの魚醤パティスは他国のものと比べて桁外れに臭いと思う。
チャイナタウン マニラ湾の夕日がきれいだと言われているのは、きっとマニラの街に他にきれいなものがなにもないからだ。イメルダ婦人の靴がずらっと並んでいたマラカニアン宮殿も山下財宝の山下奉文が処刑されたモンテンルパも一般公開されていないこの街にみどころなんてなにかあるのだろうか。歩いているとグアテマラ・シティ並みの汚さと危なさをびりびり感じる。
実はマニラには夕日以外にもうひとつきれいなものがある。夜、飛行機から見たマニラの夜景は、オリンピック前に訪れたソウル並みにきれいだった。夜景のきれいな街は、必ず人口密度が高い。つまり、住宅事情が悪い。その中に身をおくにはごみごみしすぎるほどの街にかぎって、夜高く遠くから見下ろすときらきらしている。そういうものだ。
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ベトナム産ドラゴンフルーツ フィリピンは熱帯だろうに果物の種類が少ない。果物の王様ドリアンも女王のマンゴスチンも、マレーシアに近いミンダナオ島でしかとれない。マンゴーもグアテマラのほうが断然うまい。マニラまで行くとやっと東南アジアから輸入した果物が売られている。見つけたのはベトナム産ドラゴンフルーツ。東南アジアのは赤だが、コロンビアのピタージャは黄色。それがまたどうしょうもなくうまいのである。ピタージャは整腸作用が強く、食べると必ず下痢をする。でも、食べた後のことなどどうでもいいほど、ピタージャのごまのような種が散らばった、甘さ控えめのゼリーのような果肉は魅力的。ピタージャの色違いならうまいに決まっていると買ってみたベトナム産は、フィリピンまでの長旅の疲れからか生気が抜けたみたいな味がした。がっかり。
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