最終更新日 2003/04/14
ペルー<その10>
ペルーぶらぶら8<チクラヨ/カハマルカ>
山上にそびえるクエラップ遺跡
車で行ける最奥地ユリマグアスから海岸沿いにあるチクラヨまで出てくるのは大変だった。やたらと交通費が高いうえにまだイキトスみやげの下痢を引きずっていたからだ。とりあえずその中間にあるチャチャポヤスを目指した。チャチャポヤス周辺とその西南にあるグラン・ビラヤには高度300メートルにあるクエラップをはじめ、遺跡がごろごろしている。しばらく滞在して遺跡めぐりをしたいところだがあいにくもう時間がない。ユリマグアスからチャチャポヤスまでの直行はなく、細かく乗り継いでいかなければならなかった。まずユリマグアスから乗合トラックに5時間半揺られてタラポトへ(s/.20、乗合タクシーならs/.25。予約すれば宿泊先まで迎えにきてくれる)。カーブの多い、未舗装の山道でかなり危なく、通ったときにはトラックが一台転落していた。タラポトからモヨバンバまでコンビで3時間(s/.7)。さらにモヨバンバからリオハ(s/.1)、リオハからヌエバ・カハマルカ(s/.1)とコンビを乗り継ぐ。タラポトから先は舗装道路でモヨバンバまではジャングルと山の景色がよい。ヌエバ・カハマルカで1泊した後、分岐点ペドロ・ルイスまでコンビ(ピオネロス・デル・アルト・マヨ社・所要3時間強・s/.12)で行き、チャチャポヤス行きのバス(モビル・ツアーズ社・所要2時間・s/.5)を捕まえる。
山のように連なるトゥクメ遺跡 シパン王の墓博物館
当初チャチャポヤスからセレンディン経由でカハマルカに行くつもりだったのだが、便数が少なく、時間もかかるため、行先をチクラヨ(シバ社・所要11時間弱・s/.20)に変更。チクラヨ周辺にはトゥクメ、シカン、シパン遺跡がある。ランバイエケに新しくできたばかりのシパン王の墓博物館(”学割”s/.2.50)は、CGなどを駆使した近代的な、観せる博物館。写真撮影禁止なので所蔵品をお見せできないのが残念だが、これは必見。同じくランバイエケにあるブルーニン博物館に元々あったシパン遺跡からの発掘品の多くもシパン王の墓博物館に移されている。Instituto Nacional de la Culturaでこれらの遺跡と博物館などのお得な通し券を売っているようだ。ランバイエケではチクラヨ名物のキンコンというお菓子をつくっている。どこでもいたるところで売っているので試しに買って食べてみた。甘いクリームをビスケットというかクラッカーではさんだものなのだがまずい。クリームはともかく、外側のクラッカーが実にまずい。名物にうまいものなしだ。
あまりにクスコでのんびりしすぎてペルーを出るまでに3ヶ月以上かかりそうだったため、チクラヨから日帰りでいったんエクアドルに出て戻ってきた。期限がくるまでまだずいぶんあったが、チクラヨを逃がすと当分国境の近くに行くことはないからだ。まずバスでピウラ(チクラヨ社・所要3時間・s/.10)まで行き、スジャナ行き(s/.1.50)に乗り換え。スジャナから国境ラ・ティナまで乗合タクシーで3時間(s/.8)。両替屋も物売りもいないのどかな国境だ。絶対に日帰りでチクラヨに戻るつもりでいたのでパスポートと水と往復の交通費しか持っていかなかった。案の定もめるが、普通3ヶ月のところを1ヶ月の滞在許可で手を打ち、エクアドル滞在30分ほどで無事再入国する。このビザ更新には13時間とs/.42.70かかった。
湯畑
インカ時代の温泉跡も残っている
チクラヨからカハマルカまでバスで6時間半(メンドーサ社・s/.15)。カハマルカ周辺では、オトゥスコ、コンバーヨの空中墳墓、クンベ・マヨの古代の水路に行ったが、ここの一番のおすすめはなんといってもインカの温泉。旅の垢をめらめら落とすにもってこいの個室風呂で、自分で湯温も湯量も調節できる。制限時間は一応30分だが週末などよっぽど混んでいるとき以外は急かされることはない。個室風呂は100以上あり、一般クラスがs/.3、ツーリストクラスがs/.4、インペリアルクラスがs/.5。ツーリストクラスにしか入っていないのでその違いはよくわからないが、清潔で熱くて充分満足した。ペルーだけでなく、海外の露天風呂はまず水着着用なので温泉気分を満喫できない。その点、個室風呂は素晴らしい。現在の温泉の傍らにはインカ時代の温泉跡も残っている。最後の皇帝アタワルパがつかった温泉である。
サン・フランシスコ寺院
丘の上の聖堂
インカの椅子
インカの椅子からのカハマルカ
クアルト・デ・レスカテ
アタワルパが幽閉されていた
ちょうど発掘中
カハマルカの中心、サン・フランシスコ寺院のすぐ脇にアタワルパが幽閉されていた部屋、クアルト・デ・レスカテ(ベレン教会とセットで“学割”s/.2)がある。アタワルパは温泉につかっていてスペイン人に捕らえられ、8ヶ月と10日間ここに幽閉された後、処刑された。縛られた手を上げて壁に線を引き、身柄の解放とひきかえにその線の高さまで金銀を集めることを約束した有名な場所である。アタワルパは約束を果たしたが、南蛮人は果たさなかった。ペルーだけでなく中南米全体に蔓延している「だますよりだまされる方が悪い」という非常識な常識はきっとこの史実から始まったのだと思う。部屋は8ヶ月と10日間いるにしては狭いが、金銀でいっぱいにするには広い。街を一望するサンタ・アポロニアの丘の上にはインカの椅子がある。アタワルパの座った椅子から彼が見たであろう景色を眺め、彼が捕らえられた場所である温泉に入り、最後に幽閉された部屋に行って、カハマルカを後にした。