最終更新日 2002/08/02
グアテマラ<その5>
桃源郷トドス・サントス・クチュマタン
ウエウエテナンゴのバスターミナル トドス・サントス・クチュマタンは典型的な先住民の村だ。ウエウエテナンゴからバスで2時間半(7Q)。バスは高地をどんどん上がっていき、原っぱで一度休憩してからクチュマタン山脈にはさまれた細い未舗装の道を行く。珍しい高山植物があちこちに生えている。村に近づくにつれ、店や民家が増えてくる。店の大半は“SE BENDE”(○○売っています)という看板を上げているが正しくは“SE VENDE”だ。前置詞が間違っている看板も見かけた。グアテマラの公用語はスペイン語だが、ここの日常語はマム語なのだ。
雲におおわれたクチュマタン(山脈)
山裾に広がるこじんまりした村 屋根にちょこんと動物の置物がおかれたマッチ箱のような家。カラフルにペイントされたドアの前では民族衣装を着た女の人が機織をしている。鍬をかついだ男の人が牛を引いている。丘からはずっと向こうまで続いている緑の畑が見える。まるで箱庭のようだ。先住民男性が普段も民族衣装を着ている村で比較的アクセスしやすいのは、トドスを含めて三ヶ所ほどしかない。
第一報を伝える現地の新聞 図解で事件を解説している 2000年4月29日、この村で添乗員2人を含む19人の日本人ツアーが襲われ、邦人1名、ツアーバスを運転していたグアテマラ人1名が死亡、5名が負傷するという痛ましい事件が起こった。この事件以前にもコバンや南部地方で外国人が襲われる事件が二件あったと聞いた。コバンで被害にあったアメリカ人女性は迷子の手を引いて、母親を探してやっていたところを襲われたらしい。人さらいに間違えられたのだ。
内戦犠牲者を悼む十字架
グアテマラは首都グアテマラ・シティでさえ、親は子供が奪われないようにぴりぴりしている。まして、地方は地縁、血縁が都市部よりもはるかに強い。おまけにトドスは内戦中の1982年、200人以上もの虐殺があった土地だ。そのため、警察や軍に対する不信感と自衛意識がたいへん強い。
事件当時、地元の小学校で「悪魔崇拝教団が生贄にするために子供をさらっているので気をつけるように」と注意を促していたそうだ。しかも、実際にトドス近郊で子供が二人行方不明だったらしい。この悪魔崇拝教団はウエウエテナンゴに実在するようだ。
事件後、現地新聞は日本がいかに多額の援助をグアテマラに行っているか、日本からどれだけ多くの観光客がグアテマラを訪れているかについて大きく取り上げていた。あからさまに書かれてはいなかったが、「経済大国の機嫌を損ねてはまずい」という論調だった。
現在、邦人観光客とグアテマラ人運転手の亡くなった場所にはそれぞれ名前の刻まれた十字架が立っている。
連日、事件は大きく扱われていた
事件後、トドス・サントス・クチュマタンを二度訪れた。確かに市のある土曜日は村中酔っぱらいだらけだが平日は静かだ。こんな山間の桃源郷みたいな小さな村で可愛らしい民族衣装を着た人々がそんなことをするということが信じられない。普段、女性は織物、男性は編物をしているような穏やかなところだ。滞在中、ちょうどカテドラル前特設ステージでのど自慢大会をやっていた。夜遅くまで聞こえてくる調子の外れた気持ちよさそうな歌声が可笑しくて可笑しくて、なかなか寝つけなかった。
土曜は市の日
酔っぱらいをぶちこむ檻 平日は空
シャツとバッグが可愛いトドスおやじ
トドスの町並み