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最終更新日 2003/12/09

 スペイン<その1>

やっぱり大好き!エスパーニャ〜スペイン再訪〜

スキポール空港で4時間半待ち
2001年11月10日、関西空港からオランダ・アムステルダム経由でスペイン・マドリッドへと発った。四度目のスキポール空港でのトランジットは4時間半。その間、満席のマドリッド行きが2便出た。なぜかいつも身体の調子が悪かったり、改装中だったりで、縁のなかったゴッホ美術館は17時まで。800枚の作品を2時間で観て戻ってくるのはつらいのでやっぱり今回もあきらめる。

 

22時すぎ、定刻より若干遅れてマドリッドに到着。バラハス空港までメトロが開通したのをころっと忘れていたのでコロン広場までのバス(一律400PTS)に乗り、数日前にETA(バスク祖国と自由の略。バスク地方のスペインからの独立を目指す民族組織。)のテロによる自動車爆弾で95人が負傷したアベニダ・デ・アメリカで降りる。さらにメトロ(10回券750PTS。1999年、最後に乗ったときは630PTSだった。)に乗り換え、とりあえずなんのあてもないまま、マドリッドの中心ソルへ向かう。「一年のうち半分が冬、半分が地獄」(冬=インビエルノ、地獄=インフィエルノ)と言われるマドリッドは気温5℃。この時季の日照時間は一日9時間ほど。

1998年9月から翌年6月までコンプルテンセ大学に通うため、マドリッドにいた。そして、2000年2月から9月までは中米に滞在した。初めてスペインに降り立ったときの印象は「なんて汚くて、いいかげんな国なんだろう」。マドリッド中の通りという通りはパリジェンヌが目をむくほど犬の糞が落ちている。人々は焼栗の皮やらひまわりの種の殻を食い散らかしながら歩いている。銀行の窓口はたばこをふかしながら座っている。それでも今回、中米を経て二度目のスペインは「なんてきれいで秩序があるんだ」。もちろんそのぶん、物価も高く思われてならないのだが。

2年半ぶりのマドリッドはちょうどクリスマスの準備が始まるところだった。スペインではクリスマスは1月8日の三聖人の日まで続くので、25日以降も飾りはつけられたままだ。特にスペインの高島屋、エル・コルテ・イングレスとその周辺の大通りはきれいに飾りつけられる。マヨール広場にはキリストの生誕を描いた箱庭、ベレンがマドリッド自治体によって展示され、ツリーの飾りやパーティグッズを売る市がたち、クリスマスの買物客でにぎわっている。

クリスマスの飾りつけ中 星をつけたり モールを下げたり クリスマスに備えて改装中

 

マヨール広場のまわりのピソにももちろん人が住んでいる

マドリッドに来て最初に住んだのは、マドリッド郊外シウダル・カンポ。スペインというところは市内に首相官邸と王宮以外に一戸建ては存在せず、みんなPiso(ピソ=マンション)に住んでいる。庭にプールがついて、番犬五匹と住みこみのお手伝いさんまでいる、大きなお屋敷でとあるスペイン人一家に1ヶ月お世話になった後、引っ越してベゴーニャに5ヶ月、さらに引っ越してアントンマルティンに4ヶ月いた。アントンマルティンでは二部屋あるピソをコロンビア人とシェアした。すぐ近所に毎週一度は必ず激しいけんかをやらかす夫婦が住んでいたし、同居人のいかにもラティーノなコロンビア人はお金にルーズで家賃や電話代で口論が絶えなかった。そのおかげでスペイン語のありとあらゆる罵詈雑言を覚えた。

 

着いた翌日、ラストロ(蚤の市)やレティーロ公園に散歩がてらアントンマルティンあたりを歩いていると、いきなりピソの窓と路上に停めた車の間でくりひろげられる激しいバトルに出くわした。スペイン人は内にためこまない人々なので、わっと感情を表出させた後もまた元通りにすっきり仲良くやっていけるのだ。スペイン語圏の中で一番、悪口のボキャブラリーが豊富なのは間違いなく本国スペイン。けれど、スペイン語が一番美しく発音されるのもやっぱりスペイン(もっと正しく言えば、カスティージャ・レオン地方)。美しい発音でとめどなくくりだされる汚い言葉を聞いていると、スペインに戻ってきたんだという実感がわいてくる。

 

スペインと言えば、やっぱりサッカー

2002年1月1日からEUは通貨を統合し、スペイン通貨であるペセタは消滅する。久しぶりに訪れたスペインは、郊外にやたらとフランス系大型スーパー、カルフールができ、バルセロナを中心に展開していたスーパー、シマゴはフランス系のチャンピオンに買収されてしまっていた。スペインのNTT、テレフォニカにはすでにドイツ資本が入っている。EUになるということは、つまりそういうことなのだ。通貨統合を前にスペインは好景気にわいているが(とはいえ、失業率は13%。しかし、以前は20%が当り前の国だったのでそれに比べりゃかなりよくなった。)、今後もさらにフランスやドイツ資本が幅をきかせ、スペイン資本は斜陽の一途をたどることになるのだろう。

中南米では、スペイン人のことを侮蔑をこめてGachupin(ガチューピン)と呼ぶ。今回の旅は、くしくも旧宗主国スペインから旧植民地である中南米に飛ぶことになった。あんまりいろんなことがありすぎたから、手放しで”Viva España!”(ビバ エスパーニャ!=スペイン万歳!)と叫ぶ気にはとてもなれないけれど、それでもやっぱり大好きだよ、エスパーニャ!どうもスペインとはこれからも長いつきあいになりそうだ。

 

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