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最終更新日 2002/08/02

海外で落ちこむということ

<2000・8・25掲載>

 

 生きていればいろいろあるわけで、つい最近までこのメールマガジンもHPもやめてしまおうと思っていた。もう続ける気力がまったくなくなってしまっていた。そんなときにちょうど1ヶ月で3ヶ国を旅するきっかけに恵まれた。7月27日から8月22日までアンティグアを離れ、グアテマラ国内、ベリーズ、ホンジュラスをまわった。その間にかなり落ち着いた。気持ちの整理もいくぶんついた。発行者ともあろうものが、8月11日の連載を落としてしまった。オンラインできる環境になかったのだが、そうでなくても書けるような状態ではなかった。

 グアテマラに来る前はスペインにいた。スペインに行く前も行ってからもいろいろあった。言葉もろくにわからない、頼れる人も誰もいないところに行って住もうというのだから、わざわざ苦労しに行ったようなものだ。海外で落ちこむということは、日本にいれば手をさしのべてくれるであろう友達も肉親も恋人もそばにいないということで、誰の助けも一言の慰めもなしに独りでなんとか乗りきらなければならないということを意味する。バックボーンも年月も共有していない人々は、表面的、もしくは義務的な優しさを示してくれることはあっても、当然それ以上をくれることはない。自分自身の治癒力が低ければ、それまでだ。

 スペインで言葉もろくにわからない私が唯一人並み以上にできること、それはテニスだけだった。週2回、スペイン人に混じってレッスンに通った。言葉がわかるようになるまでは、テニスだけがアイデンティティの拠所だった。あのころほど、テニスをやっていてよかったと感じることは後にも先にもないだろう。日本は守りのテニスだが、スペインは攻撃あるのみだ。日本人は常日頃忘れがちだが、攻撃は最大の防御なのだ。スペインでは、後ろに下がることよりも前に出ることを徹底的に教える。うまいタイミングでネットにつかなければ、パッシングショットをくらってしまう。無心でひたすら球を追いかける。打つ瞬間、勝つことなどこれっぽっちも考えていない。ただ一球、一球、確実に相手のコートに沈めることだけ。勝敗はその蓄積だ。精神的にも肉体的にもベストを保ち、自分のペースを貫いた者がゲームを征する。コンディションが悪ければ、とれる球も叩けないし、勝てる相手にも負けてしまう。これはそのまま、人生にもあてはまる。

 スペイン語には、BE動詞が二種類ある。厳密には例外は多々あるものの、基本的にSERは時間が経っても変わらない性質・状態を表し、ESTARは時間が経つと変化する性質・状態を表す。「私は悲しい」は、スペイン語では"Estoy triste."となり、ESTARを使う。これは、今は悲しいけれども明日は悲しくなくなるだろうという希望を表しているのだと思う。逆に、「私は幸せだ」は、"Soy feliz."となり、SERを使う。これには、人というものは普遍的にずっと幸せであるべきだという祈りがこめられているのだと思う。これに気づいたとき、私は拙いながらもスペイン語という言語を理解し、話せることを心から誇りに思った。

 再びアンティグアに戻ってきた。旅の終わりには、日本にいったん帰ることを決めていた。もう少しでスペインで学んだ一番大切なことを忘れるところだった。

La vida es para disfrutar.No es para sufrir.
人生は楽しむためにある。苦しむためにあるのではない。


これ以上苦しまないためには、今は日本に帰らなければならない。でも、必ずまたここに戻ってくる。人生を楽しむためには、私にはスペイン語と中南米が必要だから。

 

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