最終更新日 2002/08/02
グアテマラは危ないのか
<2000・5・19掲載>
今月は、セマナサンタについて書こうと思っていたのだが、そうも言っていられなくなった。この原稿は、5月1日に書いている。4月28日からキリグア遺跡に行き、リオ・デュルセを川下りして、リビングストンからベリーズにシュノーケリングに行くつもりにしていたが、27日、グアテマラ・シティで暴動が起こったので、出発をメーデー後の5月2日に延期した。市内バス運賃の値上げに反発しての暴動は、数人の死者を出したものの、翌日、28日にはほぼ鎮静化していた。しかし、メーデーに伴うデモ行進などが再度、暴動に発展するおそれがあると考えたので2日まで様子を見ることにした。
キリグアに行くには、グアテマラ・シティのソナ1からプエルト・バリオス行きのバスに乗るのだが、暴動はそのソナ1で起こった。27日、テレビの昼のニュースで市民が投石し、商店が襲われているのを見た。確かにグアテマラ・シティ、特にソナ1と4は治安が悪い。それは、観光客だけでなく、一般市民にとっても同じである。リビングストン、もしくはプエルト・バリオスから水路でベリーズのプンタ・ゴルダに渡るつもりにしているので、このルートでは国境でビザが取れず、事前にグアテマラ・シティのベリーズ大使館でビザを取得しておかなければならない。アンティグアからグアテマラ・シティ行きのバスはソナ1に停まるのだが、どうしてもソナ1に行きたくなかったので、朝二本だけ出ているソナ9行きのバスに乗ったほどだ。
そして、4月29日、トドス・サントス・クチュマタン(以下、トドス)で邦人観光客が殺害されるという痛ましい事件が起こった。今、手元に30日と5月1日の新聞がある。一面は、いずれも日本人リンチとの見出しがあり、庶民的な新聞は写真と図解入りで事件を取り上げている。この国は、コーヒーと観光が主な外貨収入源である。その収入源に自ら大打撃を与えるようなことをしたのは、住民500人にもよほどの事情があったのだと考えざるを得ない。
事件の翌日、友人三人がトドスから戻ってきた。当日、彼らが現場で見聞きしたことについてはすでにHPにまとめたので、あえて繰り返さないが、内戦時の1982年に虐殺のあった土地であり、実際に人身売買のために子供がさらわれることもあったようだ。人々の不安感が攻撃という過剰防衛を引き起こし、誤った敵に向かって一気に噴出したのだろう。写真撮影は遠因ではあったが、直接の原因ではないようだ。日本人だという理由で襲われたのでもなく、たまたま彼らがトドスを訪れたタイミングが悪かったのだ。この事件は、本当に運の悪い不幸なできごととしか言いようがない。
ここアンティグアで、グアテマラ・シティでの暴動をテレビで見、トドスの事件を新聞で読んだ。私のここでの生活は、一言で言えば"まったり"である。マドリッドにいたころよりも日々の緊張感は少ないほどだ。朝、英語学校に行き、昼、市場に買い物に行って、西語学校に行く。夜は大人数でなければ、さすがに出歩かない。どこの国でもそうだが、危ない場所に危ない時間に行かなければいいだけのことだ。これさえ気をつけていれば、グアテマラはちっとも危なくないのである。