最終更新日 2003/11/22
バックパッカーは三日やったらやめられない
<2000・4・21掲載>
バックパッカーの定義とは何か。貧乏旅行者=バックパッカーなら、私も立派なバックパッカーである。しかし、私はバックパックを背負っていないし、そもそも移動が好きではない。バックパッカーの目的は、旅行自体であって語学の修得ではない。まあ、定義はともかく、自分がバックパッカーの範疇に入るか否かもともかく、各自の自分がバックパッカーであるという自覚の有無もともかく、ここアンティグアで私はたくさんのいわゆるバックパッカーと知り合った。
私は一応留学生なのだ。ヨーロッパでは留学生とバックパッカーとの接点など皆無であるが、ここアンティグアは留学生も、これから中南米を南下していくバックパッカーも一緒に同じ学校で西語学習に励んでいるのである。ここ中南米ではまったくといっていいほど英語が役に立たないため、より安全に快適に旅するためには少しでも西語が理解できた方がよい。短期ならともかく長期ならなおさらだ。
世界各地に日本人宿と呼ばれる、日本人バックパッカー御用達の安宿がある。たとえば、インドはバラナシの久美子ハウス、トルコはイスタンブールのコンヤ、そしてメキシコはメキシコ・シティのアミーゴ。そして、ここグアテマラ・アンティグアでは、レフヒオという宿がそれだ。レフヒオの屋上では毎晩、日本食の宴が繰り広げられている。たまに遊びに行くと各自がそれまでの旅の話をしてくれて、とても面白い。日本人のたどるルートは航空券の都合のせいか、ある程度は重なっているため、バックパッカー同士、お互いに共通の旅先での友達がいたりして、あらためて世界の狭さを実感する。
ちょっと前までは、猿岩石やドロンズなどのテレビの企画に触発されて、旅に出て危ないめに遭った人もいたようだ。タレントが無事なのは、少なくとも一人はテレビクルーが傍におり、カメラがまわり続けているからだが、素人は誰も守ってはくれない。みんなそれなりに首絞め強盗に遭ったり、銀行で換金したばかりの大金を盗まれたりしながらも、元気に旅を続けている。『地球の歩き方』は、"地球の迷い方"と呼ばれ、その情報の古さや間違いの多さにバックパッカーは不満をたれながらも、やっぱり手放せないでいる。『地球の歩き方』がなかったら、旅に出ていなかった人もいるかもしれない。
今まで英語圏や西語圏での語学修得目的での長期滞在が多かったので、日本人とつるむのは極力避けていた。というよりバックパッカーと知り合う機会がなかったので、他の邦人語学留学生とつるむのを避けていたというべきか。なおかつ語学留学生にはさして面白い人が見当たらなかったので、避けるまでもなく、つきあいたいと感じたことさえなかった。もちろん、すべてのバックパッカーが面白いわけではないし、早く日本に帰ったほうがいいんじゃない?というような人も中にはいるが、私にとっては概して刺激的な人々である。要するに、テレビを見るより、本を読むより、自分で体験することを重んじる人々が好きなのだ。
ここアンティグアはなぜかまったりしてしまうところで、みんなついずるずると長期滞在してしまいがちだ。特に今は乾季で、セマナサンタというイベントが間近に迫っているため、なおさらだ。このセマナサンタが終われば、みんな新たな目的地に向かってそれぞれ出発するに違いない。私は雨季の前によい海を求めて、ベリーズに行くことにした。もうビザはとってある。旅の思い出は、景色と食べ物はもちろん、人との出会いに大きく左右される。よい人とうまくめぐりあえれば、その旅はよい旅である。少なくともベリーズでは私もバックパッカーとして旅をするつもりだ。