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最終更新日 2002/08/02

メキシコについ長居しちゃいました

<2000・3・25掲載>



 今、グアテマラはアンティグアにいる。メキシコはほぼ素通りでとっくにここに着いているはずだったのだが、思いがけずはまってしまい、後ろ髪をぐいぐい引かれながら、無理やりここにやって来たのだ。Viva Mexico!(メキシコ万歳!)

 スペイン人もたいがい親切だが、メキシコ人はその5倍は親切だ。訊きもしないのに道から何からいろいろおしえてくれる。通りの向こう側からどなってまでもおしえてくれる。引き返してきてまでおしえてくれる。商売そっちのけでおしえてくれる。西語がわかる人にもわからない人にもジェスチャーをたっぷりまじえておしえてくれる。要は、基本的にみんな暇なのだ。

 マドリッドでは、もろ下町、アントン・マルティンというところに住んでいたのだが、近所にはコロンビア人、ベネズエラ人ほか、中南米出身者、ラティーノスが多かった。彼らはいつもスペイン人は冷たい、所詮はスペイン人もヨーロピアンさ、というようなことをよく言っていた。その頃は、スペイン人に輪をかけたような彼らのいいかげんさに嫌気がさしていたのだが、ここに来て彼らの言っていたことが理解できたような気がする。まだ他の中南米諸国に行ったことがないので断言はできないけれど、もしかするとメキシコ人は他のラティーノに比べて、アメリカナイズが進んでいるぶん、いくぶんアントン・マルティンの隣人たちよりも真面目かもしれない。でもまあ、そこらへんはしばらく一緒に住んで、金が絡んでこなければ何とも言えない。

 外大の西語留学は、だいたいスペイン留学組とメキシコ留学組とにわかれるのだが、スペイン組は「スペインなんてくそったれ」と帰ってくるのに対して、メキシコ組は「メキシコ万歳!メキシコ最高!」と帰ってくるというのは、よく聞く話。

 さて、ここまでの旅のおさらい。皆さん、メキシコの地図を用意してください。

 2月21日、出国。同日、ロス到着。あまりの物価の高さと飯のまずさに2日でアメリカを逃げ出した。23日、ロスからバスに乗ること3時間、サンディエゴへ。そこから路面電車で40分、国境の町サンイシドロに行く。いったんサンイシドロからシャトルバスに乗り、税関を通らずにメキシコ・ティファナに入る。翌日、徒歩でサンイシドロに入り、メキシコにビザをもらって再入国。アメリカからの入国は72時間以内の滞在ならノーチェックで入れる。ただし、どうやって72時間以内のつもりの人とそうでない人を見分けるのかは謎である。25日、ティファナから32時間バスに揺られて、翌日タコスの本場グアダラハラ着。激うまのタコスに出会い、感激する。28日、グアダラハラからバスで4時間、町全体が世界遺産のグアナファト着。あまりに気に入ったので、3日滞在。グアテマラに行くのをやめて、ここにいようかという思いを振り切り、3月2日、バスで2時間、サンミゲル・デ・アジェンデへ。物価の高さは気になったがここもいいところだ。やっぱり日本人は風呂に入らにゃあと温泉に入る。5日、バスで4時間、メキシコ・シティへ。おまわりさんにデートをすっぽかされる。6日、バスで6時間半、オアハカへ。"つこてる豆がちゃう"モンテ・アルバンや先住民の露天市に行ったり、道を歩いていたらいきなり目薬をさされたり、メキシコ人のつくった焼きうどんを食べたり、楽しく過ごす。10日、夜行バスでタパチュラへ。翌日、50ドル脅し取られながらも無事国境を越え、グアテマラ入り。毎日、いろんな人との出会いがあったが、ここには書き切れない。詳しく知りたい方は、本日一挙更新したHP『どこやねん?グアテマラ!』を読んでみてください。

 とにかくセマナサンタが終わるまでは、ここグアテマラ・アンティグアでまったりするつもり。町全体が世界遺産であるアンティグアには、セマナサンタを見るために世界中からどっと観光客がおしよせる。ここでセマナサンタを過ごしたいがために泣く泣く早めにメキシコを出てきたのだ。でも、もう決めている。復路は、またロスからと。ロスまでまたバスでメキシコのあっちこっちに寄り道するのだと。私はメキシコ観光局のまわし者ではないが、それほどメキシコは面白すぎるし、タコスはうますぎる。というわけで、グアテマラについてはまた次回。

 

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