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最終更新日 2003/12/05

かえりたい

<2003・10・31掲載>


 日本を発って丸2年が経とうとしている。一番大切なものを失ってから3年が過ぎたことになる。どこで誰といてもずっと悲しいことに変わりはなかった。気が紛れることはあっても、穏やかで満ち足りた気持ちになることはなかった。これまで一所に長く留まることがなかったのは、先に進む以外のことを考えないようにするためだった。いったん考えてしまえば足が止まってしまうであろうことはよくわかっていた。

 1999年末にこのメールマガジンをつくったとき、東京にいた。スペインから戻ってきてグアテマラに行くことをすでに決めていた。まだ幸せが退屈なものだとは知らなかったから、部屋で待っているだけの毎日がただ退屈で退屈でたまらなかった。ホームページをつくって、メールマガジンを出してみた。世界中から書いてみたいというメールをもらった。1誌だけでは掲載しきれず、地域別に分割した。退屈ではなくなった。それどころか、忙しくなった。グアテマラに行ってからも、なんとか全誌を配信し続けた。

 2000年秋、グアテマラから帰ってきた。もう東京に私の居場所はなかった。自業自得だった。すぐに失ったものの大きさに気づいた。言葉を尽くして、もう一度やりなおしたいと伝えたけれど、叶わなかった。一番大切なものとスペイン語を引き換えにしたのだと思ったとたんにスペイン語が出てこなくなった。あれだけ言葉を尽くして訴えてもわかってもらえなかったことを思うと、母国語でさえも話すことが空しかった。誰に向かってなにを言ったところでどこにも届くことはないのだとしか思えず、話す気力さえもなくなってしまった。すでにメールマガジンは私一人のものではなかったから、これくらいはやり続けなければと思ってはいたのだが、無責任にもついに放棄してしまった。

 それから1年が経った。鬱で半年ひきこもった末、持ち物をほとんど処分した。なんの夢も欲もないから、ちっとも惜しくなかった。そして、旅に出た。一番恐ろしいことが起こってしまったのだから、もうこれ以上怖いことなんて起こるはずがなかった。スペインで首締め強盗に遭った。ペルーで取調室に連れこまれて警官5人に取り囲まれた。ボリビアで暴動にまきこまれた。ベネズエラで賄賂目的の軍人に5時間に渡って拘束された。どれもこれも屁でもなかった。

 この2年の間に一度だけ死にかけたことがあった。アルゼンチンの山の中で遭難したのだ。道に迷ったわけではない。突然の吹雪に阻まれて山小屋を目前にして進めなくなり、やむなくビバークした。吹き荒れる風の中をなんとかテントを張り、中にも周りにも重石を置いた。まもなく日が暮れる。一晩持つのだろうか。そのとき、私は新しい彼と一緒だった。抱きしめていれば、彼一人だけでも助かるだろう。妙に冷静だった。恐怖もなにも感じなかった。たとえ誰といても同じことをしようと考えただろう。誰のためでもなく自分のために。これでやっと楽になれるのだなと思うとともに、最期に一番大切な人に一目でも会いたかったなと思った。レンジャーに助けられたのはその直後だった。

 正気と狂気の境までも、生死の境までも行って戻ってきた。アンデス山脈を自分の足で越え、南米にあるすべての国に入った。でも、だからどうしたっていうんだ。それでも、いまだに悲しいことに変わりはなく、喪失感しかない。繰り返し繰り返し、ずっと後悔し続けている。失ったものをひとつ、ひとつ思い出しては未練がましく泣いている。グアテマラに発つ前の日本に私が持っていたものを取り戻すことができるなら、もうそれ以上はなにも要らないのに。

 「いつ帰るんですか」と訊かれるたびに「さあ」と曖昧にごまかしてきた。「えっ、どこに?」ととぼけることもあった。でも、半ば本気でそう応えていたのだ。帰るあてなどない。もう誰も待っていてはくれない。いったいどこへ帰れというのだろう。この2年間、ずっとそう思ってきた。だから、ずっと見知らぬところを旅してきた。ここではないどこかへ向かって。きっと自分の還れるところを探して。

 中米の雨季が終わるのをベネズエラで待っている私に、東京の友達からメールが来た。まるでリングに投げこまれたタオルみたいだった。セコンドは見るに見かねていたのかもしれない。「帰りたい」と返事を出した。それでも、「帰る」とは書けなかった。東京はもう私の帰るところではないし、私の知っている東京でもない。それならば、東京はもはや私の見知らぬところなのだ。東京でさえもここではないどこかにすぎないのだ。もうかつての東京はどこにもないのだから。

 通過点としてなら、ふりだしに戻ることができるかもしれない。カラカスから飛ぶにしてもコロンビアでドル現金を用意しなければならないし、せめてベネズエラとコロンビアの見残したところには行って、南米を終わらせてしまいたい。後1ヶ月足らずで少なくとも一度はベネズエラを出る。それまでには決めようと思っている。


2003・10・26 ベネズエラ・シウダー・ボリバル(アドレナリン・エクスペディションズにて執筆)

グアテマラに発つ前の日本に持っていたもので、今唯一残っているものはこのメールマガジンだけだ。少し正気を取り戻した私にようやくオンラインする気力が出てきたとき、まだ出た邦が配信されていることを知ってとてもうれしかった。存続してくれた古参ライターのみなさん、特にあめでおさん@【欧州編】、さくらさん@【欧州編】、はなさん@【北米・オセアニア編】に感謝しています。どうもありがとう。

 

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