最終更新日 2003/09/19
旅の空からの幸福論
<2003・9・1掲載>
ボリビア・スクレでのっぺらぼうを見た。驚きのあまり思わず足が止まり、しばらくその顔から目がそらせなくなってしまった。
銀行の前で物乞いをしている、おさげ髪のチョリータ(先住民の女性)なのだが、顔にひどい火傷を負っている。眼球も鼻も失われていて、まぶたがくっつき、むき出しの鼻の穴をガーゼで覆っている。唇もないので歯も歯茎までもさらしている。
そんなはずはないのだが、目のない彼女と目が合った。その瞬間に身体が弾かれた。いきなり身動きがとれるようになったように足早にその場を立ち去った。スクレといえば、今でも真っ先に彼女を思い出してしまう。
南米で最初に大学が建てられ、南米独立運動が起こった街スクレは、ボリビア初代大統領ホセ・デ・スクレにちなんで名づけられた。条例で建物を白く塗ることが義務づけられているため、世界文化遺産のこの街はまるでやましいところがなにもないかのようにとりすましている。
街外れの墓地は南米で最も美しいもののひとつといわれ、入口の白い門には"今日は私、明日はあなた"と警めが書かれている。ボリビアのような発展途上国では貧困、病苦、死というものが身近なものとして迫ってくる。
先住民の大半が根深い貧しさを背負い、彼らにはお金や技術がないせいで手の施しようのないことがどうにも多すぎる。そして、その様子はごく当たり前のこととして道端で行きずりの観光客の視界にさえもとびこんでくる。それはスクレのような白くて美しい街でも容赦ない。
今回の旅はスペインから始めた。
マドリッドで一番の大通りグラン・ビアを歩いていると黒人女性の物乞いが目に入った。彼女は私がマドリッドに留学していた3年前もまったく同じところに座っていた。私が日本に帰国して、中米を旅し、また戻ってくるまでの間、ずっとそこにいたのだろうし、今こうして南米を旅しているときも、きっとあの場所に彼女は座っていることだろう。
その日暮らしという意味では、いつもの場所で明日を迎える彼女も、見知らぬ場所で明日を迎える私もなんら変わりはない。
南米で会う日本人バックパッカーはみんな優しい。なにもかも順風満帆にいっている人が日本に持っているものすべてをかなぐり捨ててまで旅に出るはずはない。大半が仕事や人間関係にいきづまりや疑問を感じて、日本を出る。それぞれがそれぞれに事情を抱えているだろうから、お互いになにも訊かない。
明日の見える日々が不幸せに思えたから、明日の見えない日々を選んだけれど、果たしてそれでよかったのか。いまだにそんなことを考えながら旅をしている。捨ててしまったものや掴み損ねたものを思い出しては未練がましく後悔している。明日の見える日々にもそれなりの幸せがあり、明日の見えない日々にもそれなりの不幸が伴う。すべてはないものねだりにすぎないのではないか。
アルゼンチンの経済が崩壊したとき、きれいな身なりをした物乞いがブエノス・アイレスにあふれた。その中に赤ん坊を抱いて呆然と泣いている女性がいた。昨日までの生活をどうやって取り戻したらいいのか、途方に暮れていた。失ったばかりでまだ生々しい幸せな記憶が、通りに住み始めたばかりの彼女を悲しませていた。
けれど、ボリビアの物乞いなら決して泣かない。彼らには振り返って泣くほどの幸せな過去がないし、泣いてみたところでなんら事態が好転するわけではないということを嫌というほど知っているからだ。
救われるべき人々が救われないなら、神様なんているはずがない。たとえいたとしても、手をこまねいて見ているだけなら存在している意味がない。
コロンビアのサン・アグスティンで泊まった宿にしょっちゅう遊びに来ている男の子がいた。彼は6歳。「恋人がたくさんいる」と豪語したことから、ミル・アモーレス(千の愛)というあだ名で呼ばれている。母親が彼をおいて家を出て間もなく、父親もいなくなってしまった。
彼が実の親に捨てられたのだから、私が赤の他人に捨てられたのは当然のことなのだと思った。ほら見ろ、やっぱり神様なんているわけがない。
ミル・アモーレスは孤児なのだが、お腹を空かせてはいない。必ず食事時にやってきては、ちゃっかりごちそうになっている。宿の主人はごく普通に彼に食事を与え、彼は食べ終わるとちゃんとお礼を言ってどこかへ帰っていく。着古してはいるが清潔な服にいつのまにやら着替えているし、そこらの家に上がりこんでは他の子供たちと並んでテレビを見ている。
いるんだか、いないんだか、よくわからない役立たずの神様に代わって、人を救うのはやはり人なのだと少しほっとした。
先進国には心理的な理由で、途上国には経済的な理由で、学校に行けない子供たちがいる。森の中にはなにもないゆえの豊かさがあり、都市にはなんでもあるからこその絶望がある。
ジャングルの奥地に住む部族は深い森を出ることなく、一生を終える。彼らはお互いに力を合わせて食べ物を得て、等分する。それに毎日の大半を費やす。貨幣経済に取りこまれていない彼らはお腹がいっぱいになれば満ち足りる。
モノがあふれた社会では、とりあえずひととおりの物欲が満たされた挙句、自分がなにが欲しいのかさえわからないのに、それでも欲しいものが欲しいとみんなが飢餓感を募らせ、資本主義にいいように手玉に取られている。
幸福感と絶望感。こんなに共感することが難しい感情があるだろうか。同じ状況にあっても、ある人は幸せだと感じ、ある人は不幸せだと感じる。幸せを見つけるのがうまい人もいれば、下手な人もいる。幸福も絶望も幻想なのだ。同じものをただあちら側とこちら側から眺めているにすぎないのだ。
それでも、青い鳥を探して旅に出てしまった。旅に出なくてもすぐ近くに鳥はいたのかもしれない。だけど、旅を終えなければ、たとえ目の前にあってもそれは見つけられないものなのだと思う。確実に言えるのは、旅をしていること、それ自体がすでに幸せの過程にあるということだ。2003・8・19 コロンビア・サンタ・フェ・デ・ボゴタ(ホテルアラゴンにて執筆)