最終更新日 2003/09/19
エンジェルフォールでガイドをやる!
<2003・7・18掲載>
ブラジル・サルバドールでとんでもないことになった。スペインで首締め強盗に遭っても、ペルーで取調室で警官5人に取り囲まれても、ボリビアで暴動にまきこまれても動じなかった私が人目もはばからず泣きわめいた。悔やんでも悔やんでも悔やみきれなくて、狂ったように自分の身体を叩きつけながら泣いた。いつだって現実を上回る悪夢なんてない。サルバドールに着いたときには、パラグアイの仕事を辞めたことも、ブラジルに来たこともすべて無駄なこととなっていた。人というものは手前が幸せになるためには、善人面をしたまま、かくも浅ましく他人を欺き、裏切り、だますことができるものなのだと知った。悲しみと憎しみで歪んだ心で他人を殺してやりたいと初めて感じた。
もう旅なんてどうでもよくなった。それどころか、どこに足を踏み出せばよいのかさえ判らなくなってしまった。しかし、現実問題として1ヶ国に滞在できる日数は限られているし、とどまった分だけ滞在費がかさむ。夢も希望もなにもなくなっても生きていかなければならない。気力が枯渇しても無理にでも先に進まなければならない。今回、日本を出て1年半が過ぎていた。旅することに疲れてきてもいた。2003年4月1日にパラグアイ・アスンシオンを出て、ブラジル、ギアナ三国を2ヶ月で抜けた。ほとんど消化試合のような旅だった。
5月31日、ベネズエラに入った。バックパッカーの間で、人が悪いと悪評高い国だけあって、いきなり5時間も軍に拘束された。パスポートを取り上げられ、それと引き換えに賄賂を要求された。くそ畜生! 人がこんなに凹んでるっていうのに。こんなわけわからん金なんか払ってたまるか。上役の命令でペーペーの若い軍人が私を密室に連れこみ、まずは婉曲に金をたかってきた。言葉がわからないふりをして、同じ言葉を三回彼に繰り返させ、少しの間をおいて言った。「ということは、あなた方は乞食のように私に金を恵んでくださいと頼んでいるのですね」「なんだって?」彼は驚いて訊き返した。「乞食みたいに金をせびっている」ともう一度よく聞こえるように言う。
腐っても軍人であり、男である。女から乞食とまで言われて、屈辱を感じないわけはない。ぶん殴りたければ殴ればいい。もう失うものはなにもないのだから、怖いものなんてなにもない。一歩だって引くものか。「私は中国人ではない。(ベネズエラでは中国系移民は賄賂でことを収めようとする。ベネズエラ人に中国人と日本人の区別はつかない。)誇り高い日本人である。だから、こんな不正な金は払わない。こんなことをして恥ずかしくないのか。あなた方、ベネズエラ人にももっと誇り高くあってほしい」と言うと青二才は「上司と話してくる」と席を立ち、しばらく経ってパスポートを手に戻ってきた。パスポートを手渡しながら彼は言った。「君が正しい」
ぐだぐだに弱っているときでさえも闘わなければならないのはかなりつらい。
そんな中、カナイマ国立公園に行った。サンタ・エレナ・デ・ウアイレンから5泊6日でロライマ山をトレッキングし、シウダー・ボリーバルから3泊4日のボートツアーでエンジェルフォールを見た。
テーブルマウンテン、ロライマ山の頂上面積は280平方キロメートル。屹立した崖の上に広がる、標高2810メートルの世界は下界から隔絶している。長い年月をかけて風化し、さまざまな形に削られた岩の上に、この孤高の土地だけに生き残った数千におよぶ固有種の植物が巣食う。天気は分刻みでめまぐるしく変わり、日が射したかと思えば、雨が降り出すということを絶えず繰り返している。そこに広がる殺伐とした光景はおよそこの世のものではなかった。
そして、エンジェルフォール。あれはもう滝ではない。そんな普通名詞の範疇におさまるようなものではないのだ。アウヤン・テプイ山頂に降った雨季の雨が、凄まじい量にまとまって天界から絶えず滑り落ちている。その怒涛のような天上からの放水は、悠々と遥か979メートル下まで粉のように散らばっていく。それは水というよりもはるかに雪崩に近い。カナイマからの遊覧飛行時、セスナが大きく機体を傾けて旋回した瞬間、滝が落ち始めるところから霧散して丸い虹が出ているところまで、その全長が目に飛びこんだ。
あまりの神々しさに圧倒された。もうこれ以上の景色にめぐりあうことはないと心の底から思えた。中南米を通算2年以上旅してきた。これだけ時間をかけてもまだ南米ではコロンビア、エクアドル、中米ではパナマ、コスタリカ、ニカラグアを残している。これら未知の国を通って、これからまた既知の国々に向けて北上を続ける。しかし、これまで見てきたもの、これから見るであろうもの、思いあたるすべてと比べたところで、このエンジェルフォールに勝る景色なんてどこにもあるはずがないとしか思えなかった。
だから、エンジェルフォールを気がすむまで眺めていることにした。この聖なる流れが負の感情をすべて洗い清めてくれることだろう。きっとまた元気を取り戻して、中米への旅を続けていけるようになるだろう。7月いっぱいはコロンビア、エクアドルをまわり、南米大陸にあるすべての国への旅を終えた後、8月から陸の孤島カナイマで現地ガイドをやることに決めた。
ベネズエラの名誉のために付け加えておくが、腐っているのは軍と警察だけで一般の人々はいたって親切である。人がよいと評判の隣国ブラジル、コロンビアと比べてもけっして負けてはいない。教養が足りていないので日本と中国の区別がつかず、「チャンチンチョン」などと中国人を侮蔑する言葉をすれ違いざまに言われることは確かに多い。しかし、それでも中米ほどには頻繁ではないし、東洋人差別がなく、そういった罵り言葉のまったく聞かれない人種の坩堝ブラジル・パラグアイ、教育の高さが表面的な人種差別を押さえているアルゼンチン・チリはともかく、人がよい"はず"の隣国コロンビアや特に先住民の比率の高いボリビア・ペルーなどとさして変わらない。
しかも、ベネズエラは意外と面白い。ロライマ山、エンジェルフォールのあるカナイマ国立公園だけでない。カウラ川はパンタナール湿原に負けないほどの動物の宝庫である。アイルランドの歌姫エンヤが歌うオリノコ川はベネズエラを流れており、バードウォッチングやラフティングにもってこいだ。そして、カリブ海に面している北部にはきれいなビーチがあり、沖合いには珊瑚礁の島々、ロス・ロケスが寝そべっている。ゲリラやマフィアの暗躍するコロンビアと並んで、長引く政情不安のイメージが観光客の足を遠のかせているベネズエラにはまだまだ人出の少ない穴場がいっぱいある。
テレビのニュースに流れるベネズエラの映像は首都カラカスの暴動ばかりだ。カラカスに滞在している間も街のどこかで暴動があったらしいが、出くわすことはなかった。暴動が起こっているのは広い街の中のごく狭い範囲にすぎない。内戦状態ではないのだから、もちろんいつでもどこでも四六時中どんぱちやっているわけではない。
一度、メリダという普段は治安のよい街で暴動に遭った。インターネット屋でオンライン中に店の前の路上で銃声がしたので窓から外を見ると、覆面をした学生グループが警官隊に向かって投石し、警官隊が威嚇射撃をしていた。すぐに周辺の店はとばっちりを食わないようにシャッターを下ろした。店を出るときは現場から走って遠ざかった。投石も銃弾もあたりさえしなければ痛くも痒くもない。学生たちにさえあてる気のない威嚇射撃も、警官隊の足下にさえなかなか届きもしない投石も、もちろんこちらに向かって飛んでくることはない。1月にボリビアのエントレ・リオスで乗っていたバスが襲われたときと同じだった。渦中は意外と静かで安全なものだ。ベネズエラが中南米で特に治安が悪いということはない。
都市部はともかく、私が常駐するカナイマはいたって平和である。エンジェルフォールまでボートで行く途中では、カワウソの家族が川面から顔を出し、極彩色をした熱帯の鳥が木々を飛び交うのが見える。歩合給はほんのおこづかい程度だが、三食寝床付。飛行機でしか行けない陸の孤島であるため、かろうじて電気と電話があるような状態でインターネット環境はない。
乾季には川が干上がるため、エンジェルフォールへのボートツアーは出ず、シウダー・ボリーバルからの遊覧飛行のみになる。水量が少ないため、滝の幅が狭く、せっかくの世界一の落差979メートルまで届くことなく、空しく散って消えてしまう。つまり、エンジェルフォールのベストシーズンは雨季である、今なのだ。
ベネズエラの滞在許可は90日。その間、世界中から雨季のエンジェルフォールを目指してやってきた人々と一緒にこの滝を眺めているうちに、傷んだ心の内に降る雨も、雨季の中米に降る雨も終わることだろう。雨が止めば、また出発だ。2003・7・15 エクアドル・キト(ホテルスークレにて執筆)