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最終更新日 2003/09/19

僕らが旅に出る理由

<2003・6・20掲載>


 理由あって鬱になった。2001年、21世紀最初の春先のことだ。鬱と医者に診断されたわけではない。2000年の秋に一度診てもらってから病院に行く気力さえも失い、それでも南米に逃亡する費用を捻出するためにすっかり魂の抜け落ちた身体を引きずるようにして働いていたのだが、冬を越えたとたんに臨界点に達してしまったらしかった。どこも悪くないのにまぶたが痙攣した。熱が下がらなかったり、逆に手足の先がひどく冷たくなったりと体温がうまく調節できなくなった。空腹なのだが食欲がまったくなかった。なにを食べても砂を噛むように味がしなくなった。食べることはただ生命維持のための苦役だった。

 なにひとつとして希望的観測が持てなかった。真っ黒でどろどろしたもので身体の中が充満しているような気がした。私の内側に光が射すことはもうないのだとしか思えなかった。希望も気力も枯渇して起き上がることもできなくなり、来る日も来る日も眠り続けた。どうしても眠れないときは睡眠薬をのみ、それが切れると鎮痛や酔い止めなどの眠気を誘う作用のある薬を飲めない酒で胃に流しこんだ。もう少しマシなら死ぬことを考えたのかもしれないが、それまで押しとどめていたものがいきなり決壊してしまったために自殺を試みるほどのまともな思考ができなかった。ずっと眠っているのも死んでしまうのも同じことだった。せめて自分の中にたまりきった真っ黒な澱が他人を汚すことのないよう、ひたすら黙り続けることだけが自分にできることなのだと思った。

 ひたすら蛹のように眠り続けるだけのある日、ツインタワービルが崩壊した。どうして"ダイ・ハード"のマクレーン刑事は助けに現われないのだろう。テレビなんてたかが予定調和のおもちゃ箱のはずじゃないか。他人との接触を一切絶って内にこもっていてもなお、現実に噛みつかれることはあるのだ。それもテレビに映るちゃちな現実に。

 破片と一緒に落ちていく人々を見て、なぜか心が決まった。旅に出ようと一瞬にして決断した。後先などない。ただそれだけが暗闇の中に白く光る、唯一たどるべき道なのだと思えた。本当に久しぶりに湧きあがった肯定的な思考だった。目的地はもちろん南米。2000年、アメリカ・ロスから陸路で南下し、途中で後に鬱をもたらすことになる大元の原因が発生したため、中米で旅を断念してたどりつけなかった地だ。南米へはラテンアメリカに旅に出るきっかけとなったスペインを経由して飛ぶことにした。

 半年に渡るひきこもりの末、缶詰のアスパラガスみたいに青白い私はまだ死んだ魚の目をしたまま、かつて留学していたマドリッドに向かった。真っ黒ですべての光を遮ろうとするものは、隙さえあればまた膨張しようとしていた。身体の中にほんの少し生まれた白いブランクを守るため、音楽で結界をつくった。スペイン語はおろか日本語でさえもこの半年、まともに交わしていなかったせいで、その頃の私はしゃべろうとしても言葉が出てこず、失語症に近かった。私に向かって発せられた言葉はひどく遠くから聞こえてくるように感じられ、すべて意味をなさないかのように響いた。私が言葉を発しようとするときは自分の意思がどんなに言葉を尽くしたところで相手に伝わらないかのようなあきらめを伴った。曲にのった歌詞だけが優しく、親しいものに思えた。

 このエッセイのタイトル"僕らが旅に出る理由"は小沢健二のアルバム『ライフ』に入っている曲だ。日本にはもう帰らないつもりで持ち物のほとんどは処分した。気に入ったわずかなCDだけをバックパックに入れて、旅先で何度も聴くつもりだったが、あろうことか勝手知ったるマドリッドで首を絞められて気絶している間にCDプレイヤーと一緒に強奪されてしまった。淡々と保険会社に電話をし、クレジットカードを止め、警察に届けを出し、失禁して汚したジーンズを洗った。少しの恐怖心以外はなにも感じなかった。日本から持ってきたものがなくなったことで、これまでのすべての悪いことが消え、これからの厄払いができたような気さえした。

 スペインから南米に飛んで1年半が経った。つい最近、信じていた人から裏切られた。悔しくて悲しくて涙が出た。ラテンアメリカの鉄則を忘れていた。誰も信じてはいけないという揺るぐことのない掟をつい忘れてしまっていた。この旅はまたふりだしに戻った。けれど、もう噛みつかれることを怖れて現実から逃げ隠れたりはしない。もう尻尾を巻いて日本に逃げ帰ったりはしない。中米に向けて北上を続けるのみだ。心のブランクにオザケンの脳天気な歌声をいつも鳴り響かせながら。〜いつか悲しみで胸がいっぱいでも続いてくのさ、days〜

 誰かに愛されるために生きているのでも、世間体のために生きているのでもない。私は自分自身を愛し、自分の人生を楽しむために生きているのだ。目の前の現実を無駄な感傷を交えず、ただ淡々とやりすごせる賢さと誰からも傷つけられない強さを、この旅が終わるまでにきっと得ようと思う。この雨が止めば、きっと虹が出ると信じている。

 旅に出る理由は人それぞれだ。軽い動機から存在理由に関わるようなシビアなものまで。そして、答えが出るまでにかかる時間もまちまちだ。ドラッグや買春目的の人もいれば、金があってあくせく働く必要がないので物見遊山をしている人もいる。日本の社会に適合できない人もいれば、自分を殺して適合することに息苦しさを感じている人もいる。

 「金が尽きたらイグアスの滝にでもとびこむか」と考えたこともあった。たとえイグアスの滝にとびこむつもりで南米に来たってかまわないと思う。やりたいこともやらず、行きたいところにも行かず、通勤途中で山手線にとびこむよりもはるかにマシだ。現在、日本の自殺者は年間3万人。あのままひきこもり続けていたところで、冬のパタゴニアの美しさにめぐりあうこともないまま、3万人の内の1人としてカウントされていたかもしれない。外にいようが内にいようがどのみち現実には噛みつかれるのだ。

 もしいきづまってどうしようもない人がいたら、空を見上げてほしい。この空の下にはあなたが行きたいところも、もっと楽にすごせるところもあるはずだ。行ってみたいところがあるなら、とりあえずそこに行ってみてから、それからのことはまた考えればいいと思う。自殺なんていつだってできる。いつでもできることはどこまでも先延ばしにしてしまえばいい。焦ることなんかない。日本人だからずっと日本にいなければならないとか、日本に適合しなければならないなんて決まりなんてどこにもない。

2003・5・15              仏領ギアナ・クールーにて執筆



<余談>


パッカー仲間の友人はスペインからモロッコに向かうフェリーで女連れのオザケンに遭遇した。友人はオザケンだからではなく、同じ日本人だからという理由で彼にフェリーの時間を訊いたら、思いっきり無視され、代わりに連れの彼女が感じよく応えてくれたそうだ。多分、友人のことだからオザケンにタメ口きいたんだと思う。初対面の、しかも私の心のベストテンbPのオザケンにタメ口きいたら、そりゃ無視されるよ、浩子ちゃん。

 

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