最終更新日 2003/04/14
ボリビア<その3>
ボリビアぶらぶら1<ポトシ>
アルゼンチン最後の町ウマウワカから3時間で国境の町ラ・キアカに着いた($10)。そこからボリビア・ビジャソンへは歩いて入国する。アルゼンチンは広い。ブエノス・アイレスからいきなりボリビアになるわけではなく、北上するにつれて気候も景色も徐々にボリビア化していく。アルゼンチンの通貨危機のため、ラ・キアカ−ビジャソン間はすごい数の担ぎ屋が右往左往していた。アルゼンチンで商品を仕入れて、ボリビア側で売るボリビア人だ。南米の経済は一夜にして変わるとよくいうが、まさかボリビア人がアルゼンチンに買い出しにくる日が来ようとは思ってもみなかった。
ビジャソンは担ぎ屋だらけ
中央広場
ビジャソン駅
屋外ビリヤード場
ラ・コンパーニャからの富の山 ラ・コンパーニャの塔
カテドラルが見える
ビジャソンからポトシまではバスで11時間半(チチェーニャ社・Bs.35)。舗装されていない道路などないアルゼンチンとは対照的にボリビアは道が悪い。ビジャソン−ポトシ間は特に道が悪く、標高が高いため寒い。あまりに振動が激しいので閉まりの悪いバスの窓が勝手に開いてしまう。夜行バスに暖房は入っているものの、それでも寒いので寝袋で寝た。途中で窓が開かなくなったのでどうしたのかと見てみたら凍てついて開かなくなっていた。それほどこの路線は夜行だと寒い。しかも、担ぎ屋でいっぱいなので夜中でも税関のチェックが入り、大量の商品を持ちこんでいる人はしぶしぶ税金を払っていた。早朝ポトシに着いたが8時半までバスがなく、タクシーでセントロへ(Bs.3)。軽い高山病らしく頭が痛い。
ポトシの街並み
カテドラルと11月10日広場
サン・ベルカルド教会
サン・ロレンソ教会
サンタ・テレサ聖堂・修道院
市場からのサン・ロレンソ教会 カテドラル
サン・フランシスコ教会・修道院
旧国立造幣局
標高4070メートルにあるポトシは世界最高所にある都市で、市街は世界文化遺産に指定されている。ポトシには32もの教会がある。1707年に建てられたラ・コンパーニャ・デ・ヘスス教会の塔(Bs.5。2階に観光案内所あり)から街が一望できる。1728年に建てられたサン・ロレンソ教会、1752年に建てられたカテドラル、ポトシで一番古いサン・フランシスコ教会・修道院などの古い教会をめぐって街を散策するのが楽しい。金、銀をふんだんに使った壁画のあるサン・マルティン教会はちょうど修復中で入れず残念だった。
カルチャの民族衣装
ポトシ近郊には独自の織物を持つ村が多い。そのひとつカルチャという村の織物は村人の暮らしを撮った写真や生活用品などとともにポトシで見られる。ポトシにしばらく滞在して、周りの村をめぐるのも面白いだろうなと思う。
ポトシではリャマの肉を食べた。リャマとはアンデス地方のラクダ科の家畜である。アンデスの高地では野生のビクーニャを家畜化したアルパカ、グアナコを家畜化したリャマがよく飼われている。薄切りの焼肉で食べたのだが、においもくせもなく柔らかくておいしかった。
富の山の上にも守り神ティオ
鉱山労働者の住居 1545年ポトシで銀鉱脈が発見されると鉱脈が尽きるまで採掘してスペイン人はヨーロッパに運び去った。現在はスズ、タングステンなど他の鉱物を採掘している。ポトシを見下ろす富の山には450の坑道がある。富の山にある、コペラティベ鉱山ではそのうちのいくつかの坑道を見せてくれる。見学はツアーのみ。ポトシの旅行代理店で申し込む。SOUTH-AMERICAN(Bs.30)という代理店で申し込んだが、一般的にはコアラツアーが評判がよいようだ。おすすめはダイナマイトで発破をかける午後。金曜日の遅い時間なら坑夫たちが守り神に祈りを捧げているところが見られるかもしれない。高地にあるうえ、地下に下りるので高山病の症状がある人は避けた方が無難。
坑道の入口 坑道の守り神ティオ
元坑夫のガイドに連れられ、ダイナマイト・飲物・コカの葉・酒・たばこなどを手土産に買って(3人でBs.25)、坑道に入る前に黄色いカッパとヘルメット、長靴を着用する。ヘルメットにアセチレンガスのライトを灯して、いよいよ地下に下りる。坑道の入口には毎年5月末から6月初めに捧げられるリャマの生き血の跡が残っている。見学したのはサン・ミゲルとポデロサという坑道で坑道ごとにティオ(おじさん、にいちゃんというような意味)と呼ばれる守り神が奉られている。金曜日には仕事が終わると坑夫たちはティオに96度の強いアルコールときついたばこを供え、コカの葉をかけて祈る。ティオは鉱物をよく見つけられるようにガラス玉の目と子孫繁栄の願いをこめて大きな男性器を持っている。純度の高いアルコールとたばこを供えるのは純度の高い鉱物を得られるようにという願いからだ。大地の神パチャママとティオは夫婦なので、パチャママがやきもちを焼かないよう、以前は女性は立ち入り禁止であったそうだが、現在は鉱石の選り分け作業などをして働く女性もいる。9歳くらいから働き始める子供もいる。1952年坑夫たちは革命を起こし、以降は選挙権を得たものの、それでも1日8時間3交代の重労働だ。いったん坑道に下りると食事は摂らず、坑夫はコカの葉を噛みながら働いている。坑内はアスベストのつららが下がり、塵芥が舞っている。13歳くらいで働き出し、50歳で退職するが、その多くが短命である。楽しいというよりもいろいろ考えさせられるツアーである。